人のトラウマも多様性です!
人にとってのトラウマとは、
過去の出来事によって引き起こされます。
そのため、トラウマに引きずられて生きるというのは、
"今"ではなく、
過去に囚われてしまっている状態と言えます。
一度トラウマに囚われてしまうと、
ちょっとやそっとのことでは抜け出せず、
一生涯苦しむものになることも、、、
トラウマもフラッシュバックも用語こそ違えど、
その根本的な意味は同じです。
そのスイッチはふとしたきっかけ、ちょっとした出来事で、入ります。
私もそうです。
職場で誰かが人の陰口を言う、
それを聞いただけでスイッチが入り、
「は〜なんで、この人は変わらないだろう」、
「変わらないことが、悲しくはないのか?悔しくないのか?
何のための人生なんだろう?
」と、頭で考えるだけだったはずが、
次第に怒りに変わり、
その怒りが大きくなり、
顔の表情に出て、
貧乏ゆすりのような態度に現れ、、、
始めは小さなものだっはずが、
まるで雪だるまのように、自分の中でいつのまにか拡大していきます。
怒りは感情なので、
本人が止めることが出来なければ、止まることはありません。
今、私は会社を休んだり、早めに帰ることにより、
怒りを爆発させることなく、
抑えることが出来ています。
やれ、
口では多様性、多様性と言いますが、
人の感情やトラウマだって多様的なんです。
その実例が悟り世代。
今の若い子は悟り世代といわれているのをご存知ですよね、
野心を出したら叩かれるという親のトラウマを引きずり、
個性は削られ、
それなのに人間性や知識、教養ではなく、大学という学業の比較によってしか評価されない、、、
そんな矛盾を抱え、
自分の常識を社会の常識だと考える世代に罵られ、
何をしたら良いかわからない。
それが、社会が作り出した世代です。
このように多様性を叫びながらも、
実際はあからさまに多様性を認めない社会になっています。
人間は人間です。
肌の色ではなく、
その内面・精神面・文化・教養こそ多様なのですから、
その人の内面に向き合い、その人のトラウマも含めて人付き合うことこそが、
今、この社会に特に必要だと思います。
イイ特
林林